Brionglóid
禍つ宮
巫女の弔い
01
海神を祭る小さな里に、弔いの鈴の音が静かに鳴り響いていた。
更に、か細い少女の声が重なる。去り行く者へ、朗々と祝詞を捧げている。
今にも一雨来そうな曇天が、まるで泣き出しそうなその声に共感しているかのようだった。
音の発信地である社を遠くに見ながら、一羽の白い梟が暗く淀んだ空を横切っていく。
金の瞳を持つその鳥は、ある地点に来ると一気に下降した。
風吹き荒ぶ、切り立った崖の上へ。
が、岩肌に降り立ったその脚に鉤爪はなく、履物を履いた男の脚が大地を踏みしめていた。ふわりと、銀糸の髪が後からついてくるように背に落ちかかる。白い梟は、狩衣に似た純白の異装の青年へと姿を変えていた。
地上でそのまま歩を進めた先に、跪いて首肯する別の青年の姿がある。男とは対照的に、燃える様な赤い髪をしており、衣装もそれに合わせたのか黒を基調に朱金を使った、丈の短い雄雄しい出で立ちだった。白銀の男は、彼の前で脚を止めた。
「お帰りなさいませ、我が君」
「大儀であった。留守中、何事も無かった……というわけでもなさそうだな。話せ」
「は」
短く答え、跪く赤毛の青年は顔も上げずに報告する。
「先ごろ、里の社に連なる者が身罷ったとか。それゆえ斯様な騒ぎになっているものと存じます」
白銀の男は軽く鼻を鳴らした。社の方角を見やる。
「人の考えることは判らぬな。未だ存命している娘の葬儀を行うとは」
独白にも取れるその言葉に、目の前の青年は律儀に答える。
「しかし、それも儚くなりつつありますれば。人間らにしてみれば、一刻も早くそのような愁事を片付け、斎女を担いで異形どもへの牽制としたいのでございましょう」
「無意味だとも知らずにな。ま、人がどうなろうと、我等の関知するところではないか」
そう言って、男は冷笑を浮かべた。だがすぐ、潮騒に混ざるその祝詞に眉根を寄せた。
「……いささか、耳障りだな」
「黙らせましょうか」
「いや……」
軽く首を振って、男は小さく答えた。
「捨て置く。件の娘は……」
視線を、足許へ落とす。
「この、下か……?」
「は……」
「ほう」
男は、にやりと笑った。
「皮肉な話もあったものよの。不要とされた巫女が打ち捨てられたは、潮の祠とな」
「今はもう、潮の祠を識る人間はそうおりますまい。濁った眼には、単なる岩窟としか見えませぬゆえ。民の目から巫女を隠すのには、確かにこれ以上の場所もないかと」
「……それだけか?」
「は?」
主君の問いに、思わず返してしまってから、青年は慌てて付け足した。
「ご、ご無礼を。して、我が君。それだけ、とは、如何な……」
「見えぬ様にするだけならあそこでなくとも事足りるわ。何故潮の祠だ? あそこは潮が満ちれば水嵩が増す。月が満ちれば社は下から上まで海水で……」
そこまで言って、男は突然踵を返した。青年が驚いて立ち上がりかける。
「我が君?」
「なるほどな。そういうことか」
「わ、我が君! 何処へ」
「潮の祠だ」
そう言うなり、男は崖のその先へと身を躍らせた。白銀の、軌跡を残して。